19世紀末から20世紀初頭にかけ、オスマン帝国の少数民族であったアルメニア人の多くが強制移住や虐殺などによって約4万人が犠牲になったとされる、いわゆる“アルメニア人虐殺”の舞台のひとつがトルコ中南部の都市アダナ。その地名を題名にしたアルバム『アダナ』(KLR-5429)を2015年に発表したドゥドゥック奏者ヴァルダン・ホヴァニッシアンとサズ奏者のエムレ・ギュルテキンが、再び素晴らしい作品を作り出してくれました。 ヴァルダンは、一説では5世紀までその歴史を遡ることが出来るというアルメニアの伝統的な笛ドゥドゥックの名演奏家。著名な師匠に手ほどきを受け、音楽大学でしっかりと理論を学んだという彼は、プロの演奏家としてユダヤ系女性歌手ヤスミン・レヴィのバックを務めるなど、様々なシーンで活躍をみせるようになりました。その後ヴァルダンは吟遊詩人の父を持つトルコ人サズ奏者/歌手のエムレ・ギュルテキンと出会い、長い時間を掛けて確固たる信頼関係を築きながらデュオ作品の構想を固めてゆきました。そしてそのふたりで最初に発表したのが『アダナ』で、その管と弦のミステリアスな響きはワールド・ミュージック・シーンに新たなる感動を呼び起こしました。 その『アダナ』から3年以上の歳月を経て発表したセカンド作がこの『カリン』です。カリンとはトルコ北東部の都市エルズルムのアルメニア人たちによる古称で、アダナ同様かつて大虐殺が行われた場所のひとつ。さらにその地はヴァルダンの祖父の出身地でもあります。つまり彼の祖父はその大虐殺で生き残った僅か200名ほどのうちのひとりということになるのです。本作はそんな惨劇の古都カリンに捧げられたもので、同地にまつわる伝承曲のほか、ヴァルダン&エムレの作曲、さらには映画『ざくろの色』でも知られる18世紀のアルメニア人詩人サヤト・ノヴァの詩を題材にしたものなどを取り上げています。そして伝統打楽器やウード、ダブルベースといったアクースティック楽器の伴奏をバックに、ドゥドゥックとサズがアルメニアとトルコ両国による苦い歴史を癒すかのように演奏、いにしえの旋律を歌ものも交えてジックリと楽しませてくれるのが、このアルバム最大の聴き所となります。 制作はベルギー・ブリュッセルを拠点にしている、いま注目のNPO法人レーベル“MuziekPublique”が担当し、そのレーベル・カラーらしく質実剛健な作品に仕上げてくれました。またこのアルバムは欧州を中心としたワールド・ミュージック・シーンの大きな指標ともなっている“Transglobal World Music Chart”にて堂々の1位を獲得(2019年1月期)しているだけに、その注目度はかなりのものがあります。いままさに最優先で聴くべきワールド・ミュージックがこれです!